- 機動戦士ガンダム公式百科事典の名を冠する『GUNDAM OFFICIALS』。その公式という文字が大きな反響を呼んだ。いわく、ここに掲載されなかった設定は切り捨てられるのか? ここに掲載されたことから外れることは許されないのか? それを、皆川ゆかという一個人が決め込んだのか? それが杞憂であることを証明するため、今ここに編著者である皆川ゆかと、ガンダムの導師の異名を取るサンライズの井上幸一の2人が対談の場を設けた。『GUNDAM
OFFICIALS』がやろうとしていることは何なのか? そして、その制作へのスタンスはどんなものなのか? それらがいま、語られる。
■『GUNDAM OFFICIALS』のスタンスとして
- 井上幸一(以下、井上) お久しぶりです。ご苦労さまでした。
皆川ゆか(以下、皆川) ターニングポイントでは常にお会いできているんですけれど。
井上 そうですね。ターニングポイントが年に1回? その1年のどこかで必ずガンダムの商品とかが出ていて、状況が変わってましたから。それにしても皆川さん、えらくまじめな本作ったんじゃない? これ(『GUNDAM
OFFICIALS』のこと)。
皆川 まじめに作ったんですけど(笑)。
井上 クソまじめっていうくらいだね。見ただけでまじめに苦労して作っていると思える本だよ。
皆川 堅い堅い本ですよ。3.5キログラムあります(笑)。
井上 ただ、気楽に持ち歩けないのが寂しい。唯一の欠点だね(笑)。仲間が集まって、喫茶店で広げようとしたら回りのものが流れ落ちそうなくらいボリュームがある。僕でも全て読破できるかどうかはわかんないけど、読んでみたい気はするよね。
皆川 最初に思ったのは『GUNDAM OFFICIALS』ではガンダム「で」何かをするスタンスじゃなくて、ガンダム「に」何をするかっていう考えで作ろうと思ったんですよ。仮に大見栄を切ってガンダムで何かをやろうとしたらそれはできるわけがないし、ミニマムな形でやるとしたら、それは皆川版解釈論になってしまう。それはそれで面白い物になるかも知れないけど、必要とされる物ではないですよね。そこで色々考えたんですよね。プラモデルのインストは持っている人じゃないと基本的に見られないんだから、その情報も全部いれてMSVとかの説明もできないだろうか。ストーリーやキャラクターが好きな人はセリフが入っていたら嬉しいだろう。そういうところを組み合わせれば、皆川版ガンダムみたいなものを作るよりはるかに価値があると思えたんですよね。
井上 本当にそういう作業だと思いますよ、これは。だって、誰か他人がまとめた物を見たいっていう人は、自分自身が信じている世界観ってものをまとめきれないからなの。それに人間は一人一人理解が違うから……仮にどんなに皆川さんの世界が好きだっていう人がいて、皆川さんのまとめた本を見ても、その全部を肯定できる人は多分いないと思うんですよ。それに、この本自体が壮大なお遊びなんですよね。これをまじめに取る人がいたら困るよなあ。
皆川 たとえば、『GUNDAM CENTURY』ってすごい遊びのスタイルだったじゃないですか。で、面白いのはグラビアで一番大きくあつかわれているのがコロニー落としのところだということなんですよね。要するに、スタッフはコロニー落としって言うのがいかにすごいか、とんでもないかというところを描きたかったというのがよく分かるんですよ。コロニー落としの行われる世界で、ロボットってなんだろう。そりゃMSって呼ばれた兵器だろう。そのスタイルですよね。それがやっぱり新しかった。『GUNDAM
CENTURY』が神話化されてその部分だけ、一人歩きするような形で言われるのは、そういうことだと思うんですよね。『GUNDAM
OFFICIALS』でもそういう遊びのスタイルというのは踏襲したかな、と思っているんですけど。
井上 だけどこれは、結構大きいポイントだと思うな。『GUNDAM OFFICIALS』ってタイトルを見てね、そのまま信じちゃう人っていると思うけど、そうなってほしくはないんだよね。この本だって遊びの一貫として見て欲しい。こういうあり方が分かる人ほど、ガンダムファンを自称して欲しいって気がするね。だってガンダムってさ、世間一般にまどわされちゃいけないっていうのもテーマの中に入っているじゃない。単に、それまでの子供向けアニメとは違う作品スタンスで作りたいってのがあったから出来ちゃっただけで。うーん、しかしこの本は立ち読みできないのが難点だね。
皆川 遊びだから本気、だからおもしろいと思うんですよね。たとえば、本当にガンダムができるかどうかというのは言っちゃいけない。それわかっていて、できるかできないかじゃなくて理屈として、共有できる約束ごとってのを打ち立てて、その上に乗せてって形で行く。だから昔の神学で、針の上で天使は何人踊れるかっていう命題があるんですよ。それと同じなんですよ。指先の上にミノフスキー粒子は何個あるかっていう。それを大まじめに計算したっていいってところが、ガンダムのおもしろさでもあるという。
井上 この本をそういう意味での土台として考えれば、グフが乗ったやつよりは丈夫だし。これを共通のベースにして、検討することができるようになるんですよね。すっごく楽に(笑)。
皆川 最初はフィルムだけの本にしようかと思っていた時期もあったんですけど、大学の後輩に、ラフに書いたギャンかなにかを見せたんですよ。そこで「MS-14との共同のコンペの話が載ってないじゃないですか」と言われて。プラモのインストで見たと言うんですよ。それで、これはまずいと井上さんに相談したんですよね。「どうしましょう」って言って。そこで「ガンダムの百科事典というからには、そこまで期待するだろう」と言うことになって、戦線をどんどん拡大していってしまったわけですよね。どんどん広がっていって、泥沼の状態になって。ギレン・ザビは「3カ月でこの戦争を終わらせる」と言ったらしいんですけど、けっきょく1年続いてしまいましたみたいな。それで、最後には「我々は3年待ったのだ」みたいな(笑)。
■さて、公式とは?
- 井上 だって非公式の本だったら海賊版じゃん。ものすごい原点に戻っちゃうけどね。
皆川 公式百科事典って言ったときに知り合いから公式はもういいよみたいなことまで言われたんですよ。
井上 昨今、公式ってのが乱立して、公式の権威が落ちているみたいにまで言われていたことがあって。じゃここに書かれている「公式」って「権威が落ちた公式」なのか、それとも「権威がある公式」なのかってなっちゃう。
皆川 今回のことに関しては、こちらで書いたらものをサンライズがチェックして「これはまずいです。なぜならこちらの方にはこういうのがあります」と指摘されて、こちらが「それを見せてください」というようなやりとりがあったりしたんですよね。
井上 公式ってのはあくまで公って意味だから公にちゃんと、確認された本でしかないんですよ。今、現実にそうなんだろうなと思うんだけど、公式と言うと100%決定した事実なんだ!と取るわけですよ。公式というのは100%ということではなくて、書いてあることに間違いはないという意味で使っていることもあるわけですよ。ただ、そこで細かな数字を確定しているわけでもないし、表現も曖昧になっている。そういう部分も含めての公式ってのもあるんですよ。
皆川 数字的にもおかしな数字を含めたスペックとかあるんです。最低限、足し算があってないとか、そういうのはあえて直しました。でも、サンライズの方とも相談して、そうじゃないものは逆にそのおかしさ、そういうものが出てきた面白さを考えることもガンダムの面白さのひとつじゃないかという話になったんですよね。それを変えてしまって0をふたつ足せばみんな納得するのかもしれないけれど、今までに0がひとつ増えたことはないんだから、今更0を増やす必要はないんじゃないか。おかしいものをみんなで、なぜだろうと思うことがガンダムの面白さじゃないかっておっしゃったんですよ。ただ、足し算があってないのはやっぱり問題なんで(笑)。アレックスの総推進力の機体バーニアの足し算があってなかったんですよ。誤植誤植で大変な時だったらしくて。
井上 誤植も多いからねえ。『0083』のムック本でさえ、結構、誤植があるのはありますよ。どこの本とは言わないけれど。
皆川 今回もそれで、土壇場まで足し算があわないってのは結構あちこちで。
井上 だから帯に書かれている「架空の世界を楽しむ大人の知的な遊戯のために」公式百科事典を作ったわけで。そう考えれば充分納得できる。
皆川 これだけの資料、新刊だけじゃなくて古本もありますから、全部集めることを考えると情報量としてはお得かもしれないですね。
井上 ガンダムのオフィシャルズですから。ガンダムのオフィシャルだけではなくて、いろんなのが集まってますから。無理にお金のない高校生に買えとはいわないけど。僕から提案するとすれば、まずグループで買う。あるいは図書館に入れてもらう。特に公営の図書館なんかは、購入希望図書を聞くための投書箱があったりするんだから、それを利用する。入れてくれるかどうかはわからないけれど。
皆川 でも、これでもたくさん落としがあって、いまだに落としがいくつか見つかっているんですよ。これが抜けてた、あれが抜けてたって。それで、夜うなされたり。それで不安でしょうがないと言ったら、昔講談社にいらした編集さんから事典は大変なんだと聞かされたんですよね。その編集さんが「事典局はのどかでいいですね」と言ったら、そこの編集に怒られて。分厚い事典のゲラを見せられて、8校目なのにまだ赤が一杯。普通の本や雑誌ならとっても5校ぐらいなんですよ。それがまだまだ延々と続く。「のんびりやっているなんて言われちゃ困る」、て言われたらしいんですよ。それで「だからね、皆川さんね、事典はね、大変なんだよ」て言われてしまいました。ここまで大変だと知っていたらやらなかったかもしれない。逆に、何も知らなかったからやってこれたんだと思うんですけど(笑)。だから、以前井上さんに言われましたけど、ドン・キホーテなんですよね。本当に。
井上 ドン・キホーテってのは、低年齢向けにはコミカルな逸話にしかならないけれど、どちらかというと、本来は騎士道とは何かということを説くためのひとつの戯画としての意味も感じているから、ああ言ったんですよ。ファンなら自分たちがこう言った作業をやればいいんだよね。それに、やっとガンダムでこれだけちゃんとしたのものができたよっていうことなんだけど……。ふと思うのはね、勘違いされたら困るしこの本の否定じゃないんだけど、“公式百科事典”だと名乗ったとき、それが全てだって信じる人がでちゃうこと。そうなる前に自分の感性にもっと自信もってね、ということなんですよ。自分が見てきた番組とか、自分が見てきたフィルムの中で、こうなってたなって感じた感性ってのは、一人一人のオリジナリティなんだから、それを否定してまでこれが絶対だ、これが究極のガンダムだって、誰かが作った模型であれ、本であれ信じる必要はないんだよ。それを出された時に、「自分の解釈はこいつに負けた」と思うのはいいかもしれないけれど、自分の感性すら間違っているって否定したりしないでほしいの。 どんなに上手な人がガンプラを作ったとしても、そのとき愛を持たずに作ったガンプラより、本当に好きな人が一生命作ったガンプラの方が、技術は下手でもすごく魅力あるもの。
皆川 私が公式にしようとしているとか、サンライズに認めさせようどうこうと危惧を持つ人に対して言えることっていうのは、たとえば私がブルーのノベライスやってるじゃないですか。その主人公であったユウ・カジマがアクシズ落としのとき、ジェガンに乗ってるっていう創作をしているわけですよね。ゲーム会社の人に許可をもらってそういうのをつけて。私個人もあのシーンはすごく好きなんで、『GUNDAM
OFFICIALS』にも入れたくなりますよ。でも、これは入れちゃいけないから、入れてないんですよ。
井上 この話は重要だよな。これはぜひ載せてほしい。
皆川 だから、その点が一つの規範として。ノベライゼーションで作ったブルーの私の作った設定っていうのは、入れなかった。ゲームの元々ある設定だけを使いました、っていうのは、私のこの本に対する規範。
井上 公式ってことを、ちゃんと真摯に受けとめるためにそういう選択をしたんだと思う。もしもこれがね、公式じゃないものだったら出版なんてできないからね。世の中、出版するものでも何でも基本的にはオフィシャルに認められたものしかないはずなの。で、これにはサンライズが公式つけていいですって言ってるのは、サンライズが全部チェックしましたってことだしね。
皆川 最近の商品では下に入るじゃないですか。番組の設定とはやや異なりますって。
井上 いや、でもそれは今後も絶対でてくよね。こんだけ広がると。全部をひとつにしようと言う方がまちがっている。だからドン・キホーテって最初言ったんだ。
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■ガンダムと皆川ゆかの関わりを振り返る
- 皆川 だから逆に全部フォローできなくて、取りこぼしも当然たくさん出てきますし。発売の直前に『MGケンプファー』が出てしまうので、そのインストを見るのが恐くて。『陸戦型ガンダム』の時は、インストを読んで、あ、大丈夫だ、新しいことは基本的にないやって安心したんですけどね。ただ、作業の途中で『第08MS小隊』がまだ終わってなかったんで、『08』のドラマ部分を入れなかったんですよ。名セリフとか。そういう意味では、『08』のファンの方に申し訳ないですね。好き嫌いで物を作るのは絶対しちゃいけないですから。たとえば、私個人、好き嫌いが存在するわけですけど、私が嫌いなものを好きな人もいれば、必要だと思っている人もいるし、嫌いだけど存在を認めている人がいる。そう考えれば、そういう形で切り捨てて載せないっていう方向は絶対いけないと思うんですよね。それをやっていたら『GUNDAM
OFFICIALS』の内容というのはすごく減ってしまったはずなんですよ。ただ、どう位置づけすればいいかがわからなかったもの、位置付けの難しいもの、怪しいものについては私の能力的な問題でフォローしきれず、載せられなかった。それに関しては、それを愛している人がいるというのに申しわけなかったです。
井上 逆にいえば、全部を入れられなかったのがすごい残念だっていうのが、「『GUNDAM OFFICIALS』に載っていないのは嘘だなんてことはないよ」という皆川さんの真摯な態度を示した言葉ですよね。実際アニメーションなんてのはすごい人数が参加して作っていて、その周辺で雑誌やムックを出す人たちもいて、その広がりはとんでもないでしょう。それらを今回は3年以上かけてまとめているんだから。
皆川 じつは企画のスタートの時にU.C.年鑑を見せていただいて、で、帰り道すごく悩んだんですよ。これがあるなら『GUNDAM
OFFICIALS』はいらないんじゃないかって。その後アニメックさんで大事典も再版されて、こりゃ困ったぞと。結局、私はガンダムは自分のものだって言える世代じゃないんですよね。アニメブームの走りの『ヤマト』の世代に近いんですよね。だからヤマトを子供の時に見ていたっていう。そういう意味では『マジンガーZ』とか、『キューティーハニー』とかテレビアニメが乱熟を始め、特撮ヒーローが日替わりで地球のために戦っている、っていう時代にちょうど小学生時代を過ごしているんですよ。そういう実写特撮系が中心だったところに長浜さんの『ダイモス』なんかでアニメにも惹かれて、『ダイターン』で「これは何か違う」と思って、その後番組の予告でいきなり一つ目の巨人がのし歩いてドラム缶みたいな薬莢が転がるわ、永井一郎さんのナレーションがすごいわで衝撃受けたんですよね。これは凄いから絶対見せなきゃってクラスの友達とかに「ぜひ見て」と言って回ってはめて。それが中3の時。その後はフィルムを見ていく形でしたよね。不幸であったのは、そのころ大学生でもプラモ好きの小学生の男の子でもなかったことですね。だから、『ガンダム』を本放送で見ていなければヤングアダルト小説を書くこともなかったし、こっちの世界に来なかったのは確かだと思うんですよ。でも『ウイング外伝』の前にガンダムと関わってきたかと言うと、制作ももちろん関わっていませんので、そういう意味で関わりってのは全然ないんです。そういう意味では、「なぜ皆川ゆかが?」みたいに言われるのはよくわかります。
井上 ちょうど当時騒いでいた大学以上の人たちと、素直にふつうにファンでいた子供達の間の世代なんだよね。そういえば、「なんで皆川ゆかが?」って言われているのと同じようなことがつい最近にもあったんだよね。「なんで飯田譲治がGセイバーの日本語版を作るんだ?」って。畑も全然違うし「ガンダムなんか知ってるの?」って質問が出て、本人も「メールも来るんですよ」って言っていた。実際、日本語版作っていたときには詳しくなんかなかったわけだから。ただ、プロデューサーとして言わせてもらえれば、セリフにしろなんにしろ、ガンダム風にはしないでくれっていう前提で作っているから、知っている必要なんかないし、知られちゃ困る。これは推測だけど、外伝小説を皆川さんが書くということにOKが出たときも、そういう意志は絶対どこかにあったはず。知ってると単にガンダムファンのための小説になっちゃうから。それよりももっと一歩引いて、ふつうの青少年にも読んで欲しいってのがあったんじゃないですかね。
■『GUNDAM OFFICIALS』への取り組み
- 皆川 じつは私、最近「ガンダムを愛そう運動」というのを提案してるんですよ。みんな「ここはやめて」っていうところがあるだろうけど、やっぱり好きだから「そこも含めて愛そう」という。私も細かいことを言い出したら、ルナツーで飛び蹴りをするアムロは絶対に許せないんですよ。シュッて親指立てるでしょ(笑)。15年ぶりくらいに見たらものすごいショックだったんですよ。ガンダムは70年代のアニメだったんだっていうのが感じられて。
井上 ダイターンの直後だから、当然ああなりますよね(笑)。
皆川 アムロも、ヒーロー性を出さないように出さないようにしてるんだけど、話の都合上、飛び蹴りをさせなきゃっていう。今から見ると、あ、カットして欲しいっていう気分はあるんですけど、改めて作ったらもう全部違うし。しょうがないですよね。
井上 今出ているゲームなんかは、そういうイメージを統一しようとして一生懸命やっているでしょ。で、あれが好きだっていう人と好きじゃないっていう人がいるわけだし。でも、あれも全部オフィシャルに商品化されているもので、そういう意味では間違いなくいろんなガンダムがある。これが事実なんですよね。僕は前、皆川さんにドン・キホーテって言葉を言っちゃったけど、サンライズステーションでやっているU.C.年鑑以外の部屋でも、辻妻あわないものをみんなが愛をもって辻妻合わせをしていたりもするんですよ。その代わりU.C.年鑑では、余分な情報、後で決められた情報っていうのは、全部カットして作っている。今回のオフィシャルズっていう本とはまったく別のスタンスで作っているわけです。
皆川 イラストに関してもリライトした形で、ここにリベットがありますっていうのが見えるようなものまで作って、っていう事典もありだと思うんですよ。でも今回それはやらなかった。選択肢ではあったんですよね。ただ、現実的に、私は絵を描く人ではないし、そういった形で本を作っていくよりもまず、設定資料が全部見れるっていうのが魅力的じゃないかって思ったんですよ。
井上 だから、たとえば皆川版何とかワールドっていう風に書いてないんでしょう?あくまでも本のタイトルは『GUNDAM
OFFICIALS』って書いてあって、私はそれをまとめただけなんですよってスタンスがある。ガンダムファンなら気づくべきはずのことなんだけどなあ。
皆川 選択っていってもね、現実的にこれはちょっと載せられない的な? たとえば『Gの影忍』は入れられないとか。そういうのはあるわけですよ。それは何でかって言うと、『Gの影忍』は良くて、ミノフスキーおじいさんの話が駄目なのかとか。その線引きっていうので明確なものを持っていなければ、やれないんですよね。
井上 そういう意味では、バンダイからプラモデルで出てるのが、正式なMSですとも言えないんですよ。パーフェクトガンダムはどうしようかって話になっちゃうから。
皆川 逆にパーフェクトガンダムは簡単に入れられずに済んだんですよ。何故かって言うと、あれは『プラモ狂四郎』のものだから。だから入れなくていい(笑)。
井上 SDも全部入ってないしね。別にあれが嫌いだから捨てたわけじゃない。
皆川 そこに関しては設定的な曖昧さ、記述に盛り込める、処理できるレベルのものではなかったんで。模型情報を中心としたものとか、今回取りこぼしのあった『08小隊』をどうしてもスケジュールのさまざまな関係でやれなかったとか。作業が終わってから『MGケンプファー』が出てきたとか。そういうものをこれからファンの方でもまとめて行けるだろうし、出版の方でも何らかの形っていう切り口が出てくると思うんですよ。
井上 実はU.C.年鑑を始めたってのもそれだったの。なんかまとめる作業をやりたいなって話したら、「オレの方が知ってるぞ!」っていういろんなファンの方が同人誌を何冊も送ってくれて……それがきっかけなんですよ。中には本当に、地球から月までのシャトルの時間表とか、料金表まで作っている人たちがいて。そういうのなんか見ると「みんなまじめに好きなんだよね」というのがあって感動したりしてた。
皆川 私がそっちの方に関わってこなかったと言うのもあるんですけど、そっちの方たちに協力してもらって本を作ったというわけではないんですよね。スタートが1998年くらいなので、あの段階ではネットでどうこうというのは無理で、しかたがなかったんですけど。
井上 だから、少なくとも、旧世紀につづられたものを旧世紀の手法でまとめたのが今回のやり方なわけで。僕なんかが、今回の本の意義としてすごく感じてることは、過去に出版された本がなかなか手に入れられないって現状でのこの本の価値ってことですね。ネットワークで何か会話しようかと思っていても、自分が持ってない本のことで語られたときには、参加できないじゃないですか。「その本どこで入手できるの?」って聞いたって「もうありません」っていう返事しか出来ない。
皆川 だから、今回の本に関して言うとプラモのインストを掲載したりもしているんです。
井上 辻妻あわないのが一杯あったでしょう(笑)。
皆川 悩みました(笑)。MS-03、MS-04の話からして全然違うんで。さらにその後、『SDクラブ』でプロトタイプザクとかが入って混迷の度合いを深めているんですよ。現実でも開発史ってそういうもんでしょうけど(笑)。
井上 だから、今回のは、そういう意味で、見てくれればわかるっていうくらい役に立つ本なんだけどねえ。ネットワークでバラバラに日本中に散っていたりとか、もしくは海外で仕事することになっても、重いけれどもそこはがんばってこの本だけはひっかついで行けば、「何ページにある何々だけどさ、これこういうような記述もよそで見たことがあったよ」とか、具体的にみんなが同じ土俵に立って、会話ができるようになるよね。
皆川 書き加えたり、これを訂正したりしていく作業っていうのは、ようやくできるんじゃないでしょうか。
井上 検証が始まるのはこれからであって、今回は文献を揃えてみましたってことなんだよね。
皆川 だから逆に読み物的に読んで、1日1項目で1年読めるような。
井上 1年じゃ終わらないって(笑)。そんな量じゃない! 全然すごいよこれ! だって1日1項目読んだら、人生終わってると思うなあ。
皆川 でも290項目だから、週1日休んで1項目ずつだと、読めるんですよ。でもすごい長い日と短い日がありますから。フラットマウスなんかは20行位で終わりますけど、ペガサス級なんか30ページくらいありますからね。ホワイトベースとかドカーンとありますから。
井上 それだ、1日何行読もうってやっていったら大変なことになるよ。
皆川 1日1ページとかだと3年かかります(笑)。
井上 だってテキスト分量だけですごい量でしょ。
皆川 400文字詰め原稿用紙で4000枚です。でも、その字数を書くのはそんなに苦痛にならなかったんですよ。
井上 今回の本でその字数は偉大ですよ。僕なんかが番組作るとき、一応理屈を考えて作るってはいるけど、あまり字にしたくは無いんです。見る側がもっといい解釈を持ったりもするし、だったらそれでもいいんじゃないのっていうくらいに、こっちはこだわってない。ただし雑誌の記事を書く人たちは、その人の視点で書かなきゃ仕事にならない。そしてそれが本になって出ると、それが本当だって見えちゃう。うーん、字で書かれたものは偉大だなあ。
皆川 AMBACにしても、18メートルの巨大ロボットというのが許せなかったっていう人たちが考えたと思うんですね。だから「手足を振ったら方向が変わるんだ」とか「人型なのは、距離感のない宇宙空間で装甲歩兵に見えるようにするため」と。でもその理屈を言ってしまうと、みんな「あ、そうか」ってことでひとつのお約束ができる。だからロボット物にロボットが出てきて何で18メートルあるのとか、文句を言ってはいけないっていう不文律がいつのまにかできちやった。
井上 日本はロボット物がひとつのジャンルとしてできあがっちゃってるから。ガンダムワールドだって、バラバラでいい加減な部分は多いです。それが大前提なんですよ。『GUNDAM
OFFICIALS』というのは、そういうバラバラなものを無理に固定せずに、並べたんだよってことなんですよね。今回のスタンスってずるいって言えばずるくて、U.C.100年から振り返ってなんで、資料散逸してっていうのも考えられるし、だいたい、現実の歴史だって関係者がねじ曲げていくものだからね。
皆川 そこで、ミナカ・ユンカースっていうキャラを立てたことで、自由度を持つことができたんですよね。私が書いたものじゃなくてミナカ・ユンカースが書いたものだから、勘違いや書かれていないことがあっても悪いのはミナカ・ユンカースだっていう(笑)。この人が民間人で、地球連邦総合大学のリーア分校の人ってことになってるんですけど、実は専門が歴史学じゃない(笑)。経済人類学の人。で、その人が興味を持って、資料を集めたという形を取ってるんです。勿論逆に、私が納得できないって思ったところもあるわけですよ。サイド6の小学校に便所掃除があるとかね。それって、おそらくはアメリカ型の民主主義が普及している世界においては児童虐待になっちゃうんですよね。あるいは、アナハイム・エレクトロニクスでは女子にだけ制服があって、男にはない。これも男女差別になりかねない大問題なわけですよ。そういう風なのはちょこちょことコメントを入れたりもするわけです。「男女差別という人もある」と。もちろん、こう書いているのはミナカ・ユンカースなわけですけど(笑)。
井上 疑問符の投げかけっていうことだよね。あるものの記述をただまとめただけじゃない。明確な視点はある。けれど、何かを決めつけているわけではない。ちゃんと読めばそういう風に読めるはずなんですよね。
■『GUNDAM OFFICIALS』は聖書的存在?
- 皆川 だんだん忘れてくるので、ゲラ直しをしているときに高機動型試験機なのか高機動試験機なのか、型が入るのか入らないのかとかが分からなくなってきたりするんですよね。
井上 あれはね、場合によって違う表記になっていたりするんですよ。おまけにそこでも「ガンダム用語」ってのがあって、たとえば汎用型MSってよく使うでしょ。でも、本当は言葉としておかしいんだよね。汎用MSはあっても、そこに型がつくっていうのは。
皆川 校閲さんからも「?」マークがたくさんついて来るんですよ。英語とかも「“Universal
Century”じゃなくて“Universe Century”ではないのか?」とか。中でも一番校閲さんが悩んだのがミノフスキー物理学の項目で、「わかりません」て書いてあるんですよ(笑)。そりゃそうなわけで。アインシュタインの大統一理論とかあるから、そこは本当なのかなって思うじゃないですか。でもわけのわかんないことが書いてある。熱核反応炉とかの項目もそうで、「ここは文字だけをチェックしました」って書いてある。
井上 言ってしまえば、まじめな学術書をチェックしている人達からすれば、憤飯ものの記述が並んでいるのがガンダムの世界でしょうからね。ある意味ではファンタジーでもある。そういう部分を楽しんでいるのがガンダムファンだと考えれば、今回の『GUNDAM
OFFICIALS』だって、そういう部分は残されてる。
皆川 「ガンダムって何?」と思ったときに、「ガンダムとは戦争物である」とか、「ガンダムとは青春物」である、「ガンダムとはメカ物である」とか、みんないろんなものをもっているんですよね。でも、「メカ物だったらガンダムなの?」って言ったらそれだけじゃない。フィルムでみたら、青春物っていう部分が一番あってるかもしれないけど、ガンプラを見てきている人たちにとっては、そこで提案されているものもガンダムなわけです。だから、ガンダムっていうものは輪郭がどんどん広がっていっていってる。たとえばギリシャ正教の中では神様の概念があって、「神様っていうのは愛である」「神様とは怒りである」「神様とは創造主である」というような要素要素をいくつも並べていく。その要素をたくさんたくさん並べていけば、その輪郭が見えてきて、それが神様なんだっていう考えがある。まさしくガンダムも同じくらいに見なきゃいけないように巨大なものになっていると思うんですよね。だから、ギリシア正教のイコンみたいに、ガンダムという作品にはじつはすごく細かい約束事があって、それを外すとガンダムじゃなくなるというところもあるじゃないですか。イコンなんかが二千年から変わっていなくて、それから外れるとルネサンス的な別ものになっちゃうようなもので。
井上 そういう意味では、ガンダムにもいろんな宗派が存在しているし(笑)。
皆川 聖書って、あるじゃないですか。
井上 各章の記述に食い違いがあるとかね。
皆川 それで正伝になるじゃないですか、更にそこに外典というものがあるじゃないですか。エノク書とか。今回で言うならば、外典も聖書であるっていう形で入れたいっていうのがあって、だからサンライズのフィルムが正伝であって、これはゲームだから、これはプラモだからっていう形で行くと、正伝と外典じゃないですけど、分けることもできる。それに近いような形で捉らえてもらえればと思うんですよ。
井上 まあそれはすごく近いよね。
皆川 U.C.年鑑っていうのはそういう意味ではフィルムとセットにした形での聖書ですよね。
井上 『GUNDAM OFFICIALS』もフィルムから出した部分だけでまとめてしまえばもっと薄くなると思うのね。時々、U.C.年鑑ってまとめたらどうするの?って聞かれるんだけど、僕の気分としてはどこかの出版社から本として出すんじゃなくて、パブリックドメインのテキストとしてオンラインで公開した方がいいんじゃないかと感じているんです。一方、『GUNDAM
OFFICIALS』は、こんだけふくれあがった周辺のさまざまな記述をまとめている。これはこれでおもしろいよね(笑)。
皆川 楽しかったか楽しくなかったかって言えば、楽しかったです。辛かったか辛くなかったかっていうと辛かったですけど。
井上 そう思いますよ。だって俺はやりたくないもん。
皆川 ようやくガンダムの項目が書き上がるかという時に、『SDクラブ』を発見してしまって。そこにガンダム4号機から7号機まで載ってるんですよ、そらに、プロトタイプ
ザクとかも載っていて、「そういえばこの絵は『MS大全集』に載っていた」と探してみると同じ絵が載っていたり。かなり泥縄ではあるんですよ。ここまでだろうここまでだろうと思ったら、アキレスとカメで追いつけないんですよ。
井上 だって作ってる方が想像もしなかったくらいにバリエーションを山ほど作ってくれたのがMSVだったりするから。そうそう、この前もスタジオで話していたら、たまたまνガンダムの話になったんだよね。それで、あんな大きなMSが、しかもフィン・ファンネルを背負って格納庫には入れるのか?って。いやああれはアムロ専用機で開発していたんだから、オープンデッキかあの船にしか積めなくていいんだ!って。こんな話はたぶんどんな本にも載っていない。逆に何かそう言うことを考えた人は、論文書いて提出しなさいっていう場所を作った方がおもしろいかなって(笑)。
皆川 『GUNDAM OFFICIALS』では、そういう考察的な部分は最小限なんですよ。私自身が何年もつめてザクの開発史をやって来たとか言うのではないので、コメントできないんですよ。
井上 でも、そういったスタンスがすごくうれしいですよ。MSだけじゃなくてキャラクターもちゃんと載っているというバランスとかもね。
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